「本願力に遇いぬれば-証大涅槃道-」

「本願力に遇いぬれば-証大涅槃道-」

 前回阿弥陀の本願とは「全てのものを救う」ということであると確認しました。具体的には「いのちみな生きらるべし」、全てのいのちが「光のいのち」、「光の人生」であるということです。

 西田幾多郎の弟子でもある七尾出身の京都大学の哲学者、故西谷啓治は「滅びていく人生を滅びていくままに生きていくのか、それとも滅びる命の中に永遠の命を見出して生きていくのか。」と問い掛けられています。

僕の妹は小学校の一年生で亡くなりました。こんなに早く亡くなるなんて、どこに生きる意味があったのかという思いを長く僕はもっていました。しかし、意味のない人生でなく、その人生がそのまま「無量の光の人生」であるということを、阿弥陀の本願は、確認させてくださいました。

その事が曖昧にあると、運命を求めたり、宿命を求めたり、前生前世を求めたり、未来を求め、予言や、占いを求めることで、そのままに尊い命に、自分の価値観をおしつけて、崇高な生き方を求め、位を立て、自らを卑下していく、親鸞聖人の著書『教行信証』で書かれているとおり、それが、親鸞聖人在世当時の比叡山や、真言密教の実態でした。そのことを否定し、そこから解放していくのが、親鸞聖人が比叡山を下山し、出遇った、法然上人の「命みないきらるべし」という念仏の教えであったわけです。

第三号で外道について少し触れました、宿命や使命、運命等を信じることを外道といいます。また魔と言い、鬼(鬼神)と言います。外道や魔や鬼神から解放されていかなければなりません。

妹に対する悩みと同時に祖母に対してもありました。僕が高校生になるころから、祖母は寝たきりになり、口もきけなくなり、会話もできなくなりました。筋力的には弱っていたかもしれませんが、病気はありませんでした。はずかしいことですが、なぜそれでも生きなければならないのかという思いをもっていました。そういうことを思ってはならないという思いがあったため、なおさら悩みました。ぼくは宿命や使命を求めていたわけです。それをどれだけ求めて、考えてもわからなかったので、仏教に答えを求め、大谷専修学院に行きました。

「いのちには宿命や、使命なんて無い、だからこそ、勇気をもって、よろこびをもって生きられる」と清澤満之は言っています。反対に「宿命や、使命や、生きることの意味があるのならば、それを自分はまっとうできるわけがない、まっとうできなければ無駄死であり、虚しく生きたことになる。」清沢満之は42歳で亡くなりました、その亡くなる日に書かれたのが今の言葉です。清澤満之は非常に優秀な人でした。東大生時代には将来は総理大臣と期待され、夏目漱石の小説にも先生として出てくるほどでした。大谷派の僧侶としてたくさんの功績をあげましたが、夢は実現できず、結核で亡くなりました、また、清澤満之は子供も奥さんも先に亡くされています。だからこそ出てきた言葉です。孤独と絶望の中から出てきた言葉です。

「いのちみな生きらるべし」という如来の本願に出遇い、私のいのちの光に導かれていく。南無阿弥陀仏は本願(ほんがん)招喚(しょうかん)の勅命(ちょくめい)です。言葉を換えると、「南無阿弥陀仏はいのちの願いを聞くこと、南無阿弥陀仏はいのちの願いに生きること」。